
先日、NHK【知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?第2回「認知症 克服のカギ」】が放送され、認知症に関して非常に分かり易くまとめられていたのが印象的でした。番組では、「アミロイドβの蓄積 → タウ蛋白の異常化 → 神経細胞死 → 認知機能の低下」という一連の流れで解説されました。一方、その後に調べていく中で、公共放送では安易に取り上げにくいような事例が認知症研究の背景に存在することも分かりました。
「認知症の原因はβアミロイドではない」の背景
ところで、2〜3年前にネットニュースで「認知症の原因はβアミロイドではない」という記事を目にし、それまで「βアミロイドの蓄積が認知症の原因である」と信じていた私は非常に驚いた記憶があります。ところがその後、「認知症の直接の原因ではない」へと表現が変更されていることに気が付きました。ニュース記事の見出しは読者の関心を引くために誇張されることが少なくありませんが、調べてみると その背景には認知症研究を揺るがす「ある出来事」が関係していることが分かりました。ただし、この事実は一般にはあまり知られていません。
「認知症の原因はβアミロイドである」とする根拠論文の撤回
実は、「認知症の原因はβアミロイドである」という仮説を裏付けたと長らく考えられてきた2006年の Nature 論文が2024年6月に撤回されたのです。撤回の理由は、論文中の図に「不適切な画像操作」が確認されたためでした。さらにその前段として、2022年には Science 誌が「2006年の論文の信頼性に疑義がある」と報じており、この報道を受けて先の「認知症の原因はβアミロイドではない」というネット記事が配信されたものとみられます。
レカネマブへの影響は?
一方で、βアミロイドの蓄積を抑えるアルツハイマー病の新薬「レカネマブ」を販売するエーザイや厚労省への配慮があったのかどうかは不明ですが、国内のテレビや新聞ではこの論文撤回はほとんど報じられませんでした。なお、エーザイは「論文不正とレカネマブとは無関係である」とする声明を公表しています(外部リンク:エーザイ)。しかし、仮にメディアがこの撤回を大きく報じていたなら、同薬をめぐる世論や受け止め方は大きく異なっていた可能性があったのではないかと思われます。
認知症のトリガーはHSV感染とする説
現在 最も可能性が高いと考えれれているのが「単純ヘルペスウイルス(HSV-1)感染」が認知症のトリガーであるという説(論文)です。HSV-1は多くの人が幼少期に感染し、脳の神経節などにウイルスは潜伏します。ウイルスはストレス・免疫低下・加齢などで再活性化し脳内に侵入します。そして、脳はウイルス侵入を検知するとβアミロイドを抗ウイルス物質として産生します。慢性的なウイルス刺激が繰り返されると βアミロイドが脳内に過剰蓄積します。
ということで、βアミロイドの蓄積を抑えるレカネマブは有効だが根本原因を断つ治療薬ではないと多くの専門家は考えており、次の一手としては「レカネマブ + 抗ヘルペス薬」という治療が考えられていますが、現時点では臨床効果の証明に至っていないようです。
認知症の遺伝的リスク因子(ApoE4)
これは先述のNHK番組でも放送され、初めて聞いた方には驚きの内容だったのではないでしょうか。ApoEは脂質(コレステロールなど)を運ぶタンパク質で、脳では神経修復やシナプス再構築に関与します。遺伝的に 以下の3つの型があります。ApoEは299個のアミノ酸から成り、112番目と158番目のアミノ酸の違いで3種類に分かれます。
・ApoE2
・ApoE3
・ApoE4
ApoE遺伝子は父親、母親からそれぞれ1つずつ受け取るので、ApoE4を1つ以上持つ人には E2/E4(日本人の約1.3%)、E3/E4(日本人の約13%)、E4/E4(日本人の約0.6%)の遺伝型があります。ApoE4を持つ人は、そうでない人に比べてアルツハイマー病の発症リスクが2〜12倍高い(特にE4/E4はE3/E3に比べて12倍高い)ことが分かりました(論文)。
多くの人が幼少期にHSV-1に感染しているのにApoE4を持つ人に限ってアルツハイマー病発症率が高いことから、「HSV-1感染自体」ではなく「ApoE4がウイルスの脳内侵入や炎症、βアミロイド産生を高める」というのが最も有力なモデルのひとつ(論文)です。
ApoE4遺伝子が淘汰されない訳
ApoE4遺伝子が認知症のリスクを高めるにもかかわらず、人類の中で完全に淘汰されず一定の割合(約10%〜)で残っている理由は、進化的に見ると非常に興味深いテーマです。脳におけるApoEの悪い働きとして「炎症を高める」ことを先述しましたが、実は「炎症を高める」作用により「ApoEが細菌や寄生虫への抵抗性を高める可能性」のあることが報告されています(論文)。また、ApoE4は脂肪吸収を高めるため、飢餓環境ではエネルギー効率が高く有利とも報告されています(論文)。さらに、ApoE4を持つ人は感染が多い環境下で認知機能が高い傾向があるという報告もあります(論文)。
つまり、進化の基本は「生殖年齢までに生き残って子孫を残す」ことにあり、ApoE4は若いとき有利・老いて不利なので淘汰されにくいとい考えられます。
「アルツハイマー型認知症遺伝的リスク検査(LaBost)」測定の実際
「ApoE4遺伝子を持っているか否か」を知るのは結構 怖いものですが、自分及び家族の将来を考える上で非常に重要だと思いました。そこで、過去に受けた遺伝子検査(投稿「市販の遺伝子検査」を受けてわかったメリットとデメリット」)を見返しましたが、「ApoE4の有無」は検査項目に無いようです。
調べてみると「市販の遺伝子検査サービス」では、敢えて調べない選択をしているようです。その理由は、「ApoE4の有無」を知りたくて受検する場合に比べて、何も心の準備がない状態で結果を知ったときの心理的影響が大きいこと、及び差別・偏見リスクへの懸念等があるようです。
アマゾンで販売しているApoE遺伝子の検査キットもありますが、私は以下の製品を2個(妻のも)を公式オンラインで購入しました。どのキットも測定原理は同様で精度に製品間の差はないと思われますが、以下の製品は5営業日で結果が返却されるところに優位性があり選びました。

自宅でスワブ(綿棒)を使い口腔内をこすり、郵送するだけの非常に手軽な検査です。しかも遺伝子情報は一生変わらないので、1度 受検すれば結果は生涯に渡って有効です。
結果が来た
結果はメールで届きましたが、結果を見る前には2人ともさすがに緊張しました。ただし、「ApoE4を保有している可能性」を想定し、心の準備は出来ていました。そうでなければ安易な気持ちで受検はしない方が良いかもしれません。何しろApoE4保有者のアルツハイマー病発症リスクは2〜12倍高く、しかも発症年齢が若年化する傾向があることが報告されているからです(論文)。
幸いにも日本人全体の60%~70%の遺伝子タイプにあたる ε3/ε3(ApoE3/ApoE3)でホッとしたことは事実ですが、仮にApoE4が1つ もしくは2つある遺伝子タイプと分かったとしても受検を後悔することはなかったと思います。

90歳以上の7割越えが認知症
ApoE4が1つ 及び 2つ含まれる遺伝子タイプの日本人全体での割合を足しても最大で約31%(上表、5+25+1%)なのに対して、90歳以上の日本人全体の71.5%(下図、50.3+21.2%)が認知症(軽度認知症MCIを含む)であると厚労省が報告しています。したがって、たとえApoE4がなくても90歳を超えると神経変性の蓄積・血管病変・慢性炎症などが複合して認知症発症リスクが非常に高くなることが伺えます。

認知症を防ぐには
有酸素運動(20分以上、週に3回程度)、無酸素運動、バランスのとれた食事、効果的な食品(青魚、緑黄色野菜、豆類、果実類、カレー、コーヒー、緑茶、赤ワインなど)、社会的交流、睡眠、ストレス軽減、生活習慣病の管理などが有効であると考えられています。「これ一つで解決」という対策は存在せず、地道にこれらの底上げを意識するしかありません。
とはいえ、このブログでは「サプリメント」情報に主眼を置いているので、近い将来 それに関する記事を書きたいと思います。
まとめ
「痴呆」、「ぼけ」という言葉には軽蔑的・否定的な印象を与える場合が多く、平成16年(2004年)に厚生労働省の検討会により「認知症」という用語に公式決定されましたが、この変更には認知症に正しく向き合ううえで絶大な効果があったと思います。調べてみると、英語でも同様の言葉の変遷(senility → dementia → neurocognitive disorder)があることが分かりました。
今回は「アルツハイマー型認知症遺伝的リスク検査」をご紹介しましたが、安易に受検するのはやめた方がよいかもしれません。何故なら、「ApoE4が無いことが分かる安心感」よりも「ApoE4が在ることが分かる不安」の方がかなり大きいと思うからです。
それでも受検する場合には、「ApoE4が在ると判定された場合」をよくシミュレートしておくことです。その場合、「ApoE4が在るからといって将来 必ず認知症を発症するわけではないこと」、「認知症予防に積極的に取り組むのが大事なこと」をよく理解すると共に、「自身にApoE4が在る(認知症発症リスクが高い)ことを知るメリットが本当にあるのか」を十分に考えることが肝要です。